東南アジアの⾷に関するコラム

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麝香(じゃこう)猫の珈琲豆

2023.06.06
2023年6号コラム
麝香(じゃこう)猫の珈琲豆

麝香猫とは、TVや動物園で麝香猫を既にご覧になった方もいるかもしれないが、アジアやアフリカに生息する猫である。ヨーロッパでは、アフリカ産の麝香猫から香水を作りだすほど高価な動物だ。この麝香猫は、主に東南アジアでは、甘美で、稀少価値のある珈琲豆を作る手段として、飼育されている。この麝香猫を檻の中に閉じ込め、珈琲の実と果物だけで飼育し、しっかり香り付けされた、未消化の珈琲豆を含む排泄物を天日干しにして、珈琲豆を取り出す。
この麝香猫珈琲は、タイ、ベトナム、インドネシア、フィリッピンなどで製造され、結構高価で稀少部類に入る。私も、この一見狂暴そうな眼光を放つ麝香猫の飼育場所に行き、実際の珈琲を試飲させていただいたことがある。珈琲の深みにはまるなら、避けては通れない道である。
生産する現地においても、大変高価なしろものなので、通常の流通ルートにはなかなか乗らない。日本のような消費国で、これを味わえたなら相当幸運といえよう。また、産地も高価なものなので、盗難を恐れてか、謎に包まれた山の奥に存在し、大抵は一つの家族だけが生産に携わっているので、近辺はミステリアスな雰囲気が漂う。
数年前、私はこの麝香猫珈琲豆のチェンライの産地に、現地在住のドイツ人案内役が運転する車で訪れたことがある。笑顔で迎えたタイ人の生産者は、麝香猫の飼育方法などを説明しながら、まずは試飲してみてくださいと珈琲を淹れてくれた。テーブルに置かれた製造工程別の排泄物混じりの珈琲豆を前に、念入りに説明してもらったが、その時淹れてくれた珈琲の味はこれまでとは別格の味わいであった。たとえて言うなら、絹糸(シルク)のような繊細な味わいがある。
麝香(じゃこう)猫の珈琲豆

しかし、相手は野生動物である。大量生産ができるわけではない。また、これを何んとか大量生産できたとしても、きっとその価値は半減するに違いない。こうした山の中の霞に埋もれた、神秘的な珈琲豆だからこそ、他に真似することができない、将来にわたって未来永劫語り継がれていく、美味しさの極致が現れるのだろう。私の想像だが、これは山に住む仙人が好んで嗜んでいたかのようなものとしか言いようがない。