東南アジアの⾷に関するコラム

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海を渡る「コーヒーの木」

2023.06.11
2023年9号コラム
海を渡る「コーヒーの木」

日本で、コーヒーの木は育つのだろうか。というよりも、日本で珈琲豆の生産できるのだろうか。そんな単純な疑問から、私は珈琲の苗木を2本買い、大きな植木鉢に植えた。日本の沖縄あたりで、珈琲豆は生産されているようであり、また茨城県では温室内ではあるが、収穫された珈琲を友人らと飲みに訪れたこともある。それならば、と開始した栽培もつかの間、私は家族とともにパプアニューギニア(PNG)というオーストラリアの隣に位置する島国で働くことが決まった。
折角、栽培を開始した珈琲の木だったので、最後まで見届けたいと考え、なんとか梱包して、PNGまで大切に持ち込んだ。太平洋をわたって、日本からPNGに「珈琲の木」を持ち込んだ、もの好きな者は私ぐらいではないだろうか。
海を渡る「コーヒーの木」

 PNGには、標高2000m級の山々があり、そこで作られている珈琲豆は、私にとって、「何とかマウンテン」に匹敵する珈琲に感じられた。珈琲の木になる可憐な、白い花を思い起こさせるほど、極めてあっさりとしていて、漂う気品は、上品なスコッチかブランデーでも飲むかのように舌にからませ、喉におとしこんでいく、恍惚とした快感は決して忘れられない。(注:日本が現在輸入しているPNGの珈琲豆にはなぜかこの気品が全く感じられない。非常に残念に思う。)
  私のアラビカ種の珈琲豆もPNGで、このぐらいに育ってほしいと願っていたが、数か月の滞在が終わって日本に持ち帰り、帰国した後も、大切に育てていたにもかかわらず、環境の変化に耐えきれなかったのか、とうとう枯れ果ててしまった。
海を渡る「コーヒーの木」

皆さんもご存じの通り、珈琲豆の木には、大きく分けてアラビカ種(全体の7~8割)とロブスタ種(全体の2~3割)がある。アラビカ種は、700m~1000m以上の熱帯地域の高地で育ち、寒暖の気温差から実が引き締まり美味しい珈琲豆が採取できる反面、病気や霜害に弱い。方や、ロブスタ種は、低地で栽培され、仏語のロブスト(壮健な、丈夫なの意味)から派生していることからも分かる通り、比較的病害には強い品種だが、香りや味において良い品質の珈琲豆とはいいがたい。したがって、この種は、主にインスタントコーヒーや缶コーヒーの原料として使用される。アラビカ種の珈琲豆を生産するには手間暇をかける必要があるが、それだけの価値はある。かつて、私は、フィリッピン・ミンダナオの珈琲農園主にロブスタ種からアラビカ種への転作を勧奨したことがあった。が、この提案はむげに却下された。彼らの言い分は、そんな苦労をしても、同じ儲けしか得られないのなら、気楽に作業したいと言っていた。確かに、何もせずとも植物が実って、楽に食べていけたらこんなに良いことはない。
今以上に「美味しいもの(珈琲)」を追い求めるには、「苦労しなければ、得られない」と言うのは、日本ならある程度通じる道理なのかもしれない。かの熱帯地域にある南国の地の珈琲生産者に、これをいくら吹聴したところで、全く無意味な行為だとつくづく感じられた。