東南アジアの⾷に関するコラム

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大航海時代からの伝統の味、インドネシア珈琲

2023.07.10
2023年24号コラム
単に「インドネシアコーヒー」と言われてすぐにイメージが湧かなくとも、「トラジャコーヒー」、「ジャバコーヒー」、「マンデリン・コーヒー」と通称をいわれれば、どこかで聞いたことがあると思われる方は多いと思う。これは、インドネシア珈琲の伝統と長い歴史に裏付けされたコーヒーの味わい、風味が今日までも風化されていないからに他ならない。兎に角も、インドネシアコーヒーの味わい深さを解明するためには、15世紀中頃より始まる「大航海時代」にタイムスリップすることが、最も有効な手掛かりを得られると期待され、本コラムを記述することとした。
オランダのインドネシア植民支配の歴史を遡ると、今から約420年前の1602年に、「オランダ東インド会社」が設立された。丁度その翌年の日本では、徳川家康が征夷大将軍となり江戸幕府を開いた年だ。中東のイエメンでは、それよりもずっと以前の1400年ごろから珈琲を飲料として使用していたが、オランダ東インド会社は、インドネシアのジャワ島にコーヒーノキを持ち込み、栽培を開始したのも、1600年代のことであった。それからずっと時を経て、1830年代になると、オランダは珈琲豆を本国に輸出するため強制栽培制度を開始し、モノカルチャー(特定商品)としてプランテーションを開始した。
  このようにして、オランダの植民支配により、「商品」として発展してきた珈琲豆(主にアラビカ種)だが、1860年代から1980年代にかけて、アジア地域に広がったサビ病(注:さび病は、「カビの1種」で、風によって運ばれて広がり、空気中に漂よってから、雨によりコーヒーノキに付着・増殖し、大規模農園でも数年間で壊滅してしまう。)の被害にあって、病害虫に強いロブスタ種珈琲の木にほとんどが植え替えられ、インドネシア珈琲の現生産量の90%は、ロブスタ種(カネフォーラ種)になってしまった。このロブスタ種の珈琲豆の特徴は、独特の渋み・苦味・香りが強く、酸味が少ないことだ。カフェインや油分が多いため、ブレンドコーヒーのアクセントとして、またインスタントコーヒーにも使われる。中でも、「ジャワロブスターWIB」と呼ばれるロブスタ種は最高級の品質で、エスプレッソやアイスコーヒーのアクセントとして使われ、人気も高い。
長い間、オランダにより植民支配をされてきた島嶼国インドネシアでは、栽培が開始された時期や環境に応じて、島ごとに特有のアラビカ種の珈琲となり品種改良もされていった。島ごとに、珈琲豆の違いについて順番に語るとすると、まずは「ジャワ島」からである。ジャワコーヒーの起源は、17世紀末のオランダ統治時代に、インド産のアラビカ種の苗木がジャワ島に持ち込まれたのが始まりと考えられている。ここの「ジャワ・アラビカ」は世界的に有名だが、他方、苦味だけが特徴の「ジャワロブ(ロブスタ種) 」は癖が強すぎて、一般にはブレンド用にしか使用されない。
次は「スマトラ島」であるが、この島の生産量は、国全体の生産量の約75%を占めており、広い耕地面積は大きく北部リントン・ニ・フタ地区と南部アチェ地区に分かれる。ここでは、スマトラ式といわれる独特な精製方法で生産がされていて、この精製により珈琲豆は芳醇な香味を醸し出され、ボディの強い上質なコーヒー豆が生み出されている。北部リントン地区で栽培される「リントン・マンデリン」、トバ湖の湖畔で栽培される「マンデリン・トバコ」なども世界的に有名で、この地域は標高1800~1900mの高原地帯に肥沃な土壌に恵まれ、ここで生産された珈琲豆は苦みと深いコク(ボディ)を中心とした味わいが特徴で、独特の風味と強さがある。また、スマトラ島の北東部のアチェ地区(州)は、標高1200~1900mの山岳地帯(タケンゴン地区)にある産地で、酸味豊かな高品質のコーヒーが栽培されている。気候、豊かな降雨量、肥沃な土壌に恵まれ、高級な珈琲産地として広く知られている。
第3番目には、「スラウェシ(セレベス)島トラジャ地方」で生産されている、通称「トラジャコーヒー」と呼ばれている高級珈琲だ。アラビカ種のなかでも最高峰と名高く、オランダ王室御用達でもあった。第二次世界大戦時には、国際市場から消えたが、戦後1970年代に、日本の木村(キー)コーヒー社が、「トアルコトラジャ」(注:同社の商標)として普及させた。一般には、カロシ地区で採れることで「スラウェシ・カロシ」と呼ばれており、味わいは芳醇な香りと、コク(ボディ)、クリーミーなまろやかさを持ち合わせた優しい苦味で、ストレートでバランスが良く、飽きずに飲むことができる。
  最後に、「バリ島」のキンタマーニ高原で生産される「キンタマーニコーヒー」だ。標高1,000〜1,500m程度のキンタマーニという火山の麓にあるキンタマーニ高原には、きれいな山の水を用いて水洗式の精製方法によって作っている。コーヒー農園が多数存在しており、ほとんどの農家は、コーヒーと同時に、果物や野菜も栽培していることから、それらの副産品の香りを吸収してここで生産される珈琲豆はフルーティーでマイルドな味わいがあり、味のバランスもよく他のインドネシアに比べると、味が強すぎないので癖もなく、マイルドな口当たりとオレンジのような香りが特徴となっている。
以上がインドネシア珈琲を嗜むにあたっての生産地(島)別の基本的知識であり、正直に申し上げると、筆者もインドネシアの珈琲の歴史の詳細をまだ調査しきれていない。それほど奥深いものがある。例えば、ほとんどのアラビカ種の品種は「ティピカ」から派生してきていることは分かっているが、それがどのように品種改良をおこなわれた結果、現在の味に変化していったというようなことまで詳細に確かめなければ、本当のインドネシア珈琲のルーツを見極めたことにはならないだろう。
  インドネシア珈琲の魅力は、かつての「大航海時代」に人々が大きな夢を抱いて、未知の世界へと続く扉を開き、宇宙の果てにある星空に手を伸ばそうとしたかの如く、とてつもなく広く、深いものがある。