東南アジアの⾷に関するコラム

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トバ湖畔のほとり~さざめく風に揺れる水面(みなも)~

2023.06.16
2023年13号コラム
トバ湖畔のほとり~さざめく風に揺れる水面(みなも)~

数年前、私はトバ湖の湖畔にあるホテルのテラスで飽きることなく、水面に漂うさざ波と煌めく陽光の照り返しを眺めていた。静かだ。この湖畔を取り巻く山々には、昔から「マンデリン・コーヒー」として世界になだたる珈琲豆の木のプランテーションが点在している。私の目の前のテーブルには、珈琲カップにいれられたマンデリンが、トバ湖の湖面のさざ波に呼応するかのように小刻みに揺れている。
ここにいつまでも、できれば永遠に居座っていたいという衝動を抑え、私は、レンタルバイク屋に向かった。バイクは難なく借りることができ、舗装もされていないオフロードをアップダウンしながら登り始めた。山の上に行くと自生しているのか珈琲の木があちらこちらで、トバ湖を見下ろしている。「なるほど」と私は思った。美味しい珈琲が育つ環境とはこういうものだった。私は、バイクでいくつかのプランテーションを周回したが、アポなしの旅なので、マレー半島からここまで来た道のりを考え、何とか、珈琲工場の視察を行おうと試みた。が、それは全て無駄な行為に終わった。どこも判で押したように、秘密保持を厳密に守り、写真1枚も撮らせず、近くの町にある本社工場に行ってほしい、と告げられた。
 わざわざ東京から足を運んだので、ここで引き下がるわけにはいかず、言われた通り本社工場に行き、担当者に面会を申し入れた。言語は全て、英語であったが、なんとか通じて、まだ30代の男性担当者に会ったが、日本に輸入するまでの手順などについて丁寧な説明があった。卸値については、生豆を基準として、タイや、ベトナムより、はるかに高価な金額が呈示された。であれば、製造工程を確認したいと申し出ると、それはできないが、生豆と焙煎したものならサンプルとして2キロ差し上げることができると、担当者はにこやかな笑顔で答えた。私は、アポなしでもあったことから、それ以上に突っ込むこともできず、にこやかに謝意を表し、その場を辞した。
トバ湖畔のほとり~さざめく風に揺れる水面(みなも)~

流石に、マンデリンの歴史は古く、珈琲豆の製造工程は厳しく管理されているようであった。トバ湖からローカルバスに揺られ、帰途の途次、車窓からは、小規模ながらカカオの生産をしている農家の様子もあちらこちらに見ることが出来た。確かに、アポなしの訪問は、無謀ではあったが、体当たりでインドネシアの一次産品の生産事情の一端に触れることができたことは、それなりに価値のある旅として満足のゆくものであった。